『地団駄』を踏んでみた。何かが違う。
さかのぼること一月前。電車の車窓ごしに、駅のホームで地団駄を踏む少年を目撃した。齢にして4~5才の少年が繰り出す地団駄は、微笑ましくもあり、清らしくもある。何より、誰がどう見ても地団駄だ。
で、改めて地団駄を踏んでみた。が、これも何かが違う。
地団駄をインターネットで調べてみると、金属を精製する際、足でふいごを踏む地踏鞴(じたたら)というのが語源としては有力とのこと。意味は、「怒ったり悔しがったりして、激しく足を踏み鳴らすこと」と判明。
三度、地団駄を踏んでみた。やはり何かが違う。
この動作は、主に子供に見られるものである為、子を持つ会社の上司に相談。上司の子はまだ赤ん坊ではあるが、手足をバタつかせる同様の動作を見せるとのこと。もしや、人類のDNAに刻み込まれているのでは?
怒り、悔しがり、DNAに導かれるままに。
するとどうだろう。見事な地団駄が完成したのである。
■ ポイント
地団駄は、いいかげんな気持ちで踏んではいけない。怒り、悔しがり、本能のおもむくままにジタバタ。これが重要である。
なお、必ず顔を天に向けること。地を向きながらでは、もはやそれは地団駄ではい。麦踏だ。
※Photograh by タモリ氏
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